かかりつけ薬剤師と業務のICT化
まとめ
- □新しい調剤薬局のあり方を支える上でICT化は不可欠である。
- □調剤分野においては特に、セルフメディケーション、オンライン服薬指導、服薬管理においてICT化が進む。
- □業務のITC化により患者と薬剤師の接点回数が増えることで、薬剤師の役割拡大。
- □オンライン診療から医薬品受領までの利便性と薬剤師よる患者の正確な服薬状況の把握などの効果が期待。
かかりつけ薬剤師とICT
2017年 1 月 1 日以降、スイッチOTC医薬品を購入した際、その購入費用について所得控除を受けることができるセルフメディケーション税制が創設されました。
その背景には、患者が軽い病気なら病院で受診せず市販薬で済ませることで、膨張する医療費を抑える狙いがあります。 こうした「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てする」という考えの下、さまざまなサービスが登場し始めています。

最近の調剤業務のICT例
薬剤師によるICT健康相談
軽い病気や怪我(けが)は診察を受けることなく、OTCなどを使って自分で治療するセルフメディケーションが今後ますます重視されていくと考えられます。 その背景の下、患者が気軽に薬剤師に相談できるSNSおよび患者個人が利用できるヘルスケアアプリといった、患者の利便性向上のためのサービスが増えていくと考えられます。
将来的にはICTを活用したセルフメディケーションにより、患者は医者にチャットアプリで気軽に相談できたり、個人の遺伝子情報などに基づいたより精度の高いアドバイスを得ることも可能になったりすることが予測されます。
薬剤師によるPBPM
PBPMとは、医師・薬剤師らが事前に作成・合意したプロトコルに基づき、薬剤師が薬学的知識・技能の活用により、医師らと協働して薬物治療を遂行することです。 米国や欧州ではPBPMの開始以前に、共同薬物治療管理業務(CDTM)という取り組みが実施され、米国では薬剤師が成人にインフルエンザワクチンの予防接種を実施することや、一部の州では18歳以上の女性に対して緊急避妊薬を投与することなどが認められています。
現時点でわが国ではPBPMは本格的に導入されていませんが、セルフメディケーションの考え方が普及し、患者のアドヒアランスが向上することで、薬剤師の役割が変化し、PBPMが促進されることも考えられます。
オンライン服薬指導
現在一部の特区でしか認められていないオンライン服薬指導が、将来的に特区以外でも認められる可能性があります。 一方、遠隔医療サービスに欠かすことのできない遠隔診療は、電話再診料などごく一部の行為を除き診療報酬が認められていないため普及の足かせとなっています。遠隔診療に診療報酬が認められたとしても、電子処方せん、オンライン服薬指導が全国で認められない限り、患者が自宅から外に出ないで済む、診療から医薬品受領までの一貫した遠隔医療サービスは実現しません。
そこで、オンライン服薬指導の規制緩和を見据えたサービスが登場し始めています。 オンライン服薬指導は、診断から医薬品配送までの一貫した遠隔医療サービスに欠かせないものであり、今後も規制緩和に関する議論が実施されるでしょう。
服薬管理
高齢者のアドヒアランスの低下などに起因した「残薬」が問題となっています。 残薬問題の解消に向けた商品・サービスでは服薬支援装置「服薬支援ロボ」やクラウド技術やIoTを活用した服薬支援クラウドサービスが、2015年より主に薬局や介護事業者向けに提供されています。
この服薬支援ロボは、あらかじめ登録した時間になると、画面と音声で服薬を促します。 装置に設置されたボタンを押すと、決められた量・種類の薬を取り出すことができ、飲みすぎを防ぐため複数回ボタンを押すことはできない仕組みとなっています。 また服薬支援クラウドサービスにより、自宅や介護施設にいる高齢者や介護を必要とする人の薬の飲みすぎや飲み忘れを防ぐとともに、服薬履歴や残薬の情報を遠隔地の調剤薬局やケアマネージャーが参照して訪問服薬指導や介護サービスに活用することを目指しています。ICT化と規制緩和
このように、ICTによる業務効率化のインパクトは大きく、薬局の生産性の観点で見ると、ICT化を進める薬局と“現状維持”の薬局との間で、今後その差が大きく開いていきます。
ただし、ICTも使いようになります。薬剤師が効率性や利便性を享受するだけでは、ICTに足をすくわれかねません。 例えば、電子薬歴についても、タッチパネル上に表示された確認事項を画一的にタップしていくだけなら、極端な話、薬剤師でなくても服薬指導ができてしまうかもしれません。
相互作用や重複投与など電子薬歴上に整理された薬学的情報を、目前の患者に最適な薬学管理を行うスキルが求められます。 在宅患者の服薬管理についても、服薬の有無をチェックするだけならICTの活用だけで事足りますが、飲めていない薬をどう飲んでもらうかが、かかりつけ薬剤師の技術となります。
薬剤師×ICTで新たな価値が創造
ICT化による患者側に提供される価値は 2つあります。
一つ目は自宅から外に出ず、医師による診察から医薬品配送まで一連のサービスを受けることが可能となることです。 特に慢性疾患の患者は通院と薬局通いの負担が軽減され、利便性が向上されます。 患者は軽度の病気であれば病院に行かずとも薬剤師にオンラインで24時間いつでも相談できる。 その際、アプリに登録した市販薬やサプリメント、健康食品なども含め、総合的なアドバイスを求めることができます。 軽度の病気と判断された場合は、薬剤師のアドバイスに基づきドラッグストアなどでOTC医薬品を購入します。 重症だと判断された場合は、遠隔でテレビ電話を用いて医師の診察を受けることができます。 現行の規制が撤廃された場合、電子処方せんが患者の指定した薬局に送付され、処方薬が患者宅まで郵送されます。
二つ目は処方薬の飲み忘れを防止し、服薬状況の確認が可能となることです。 患者が薬を受け取った際、指示通りに薬を服用せず飲み忘れることもあるでしょう。 そこで服薬支援ロボットを使用すれば、あらかじめ設定した時間に適切な量の薬の服用を促してくれる。 さらに、ICT化された調剤では、患者が本当に薬を服用したかどうかといった情報がクラウドに送信され、その情報を医師・薬剤師および患者の家族と共有できるようになります。
今後薬剤師の役割に対する期待が高まる中で、薬剤師と患者の接点を拡大させることです。 患者と薬剤師のコミュニケーションアプリの普及により、今までよりも幅広い患者情報の入手、患者との接触機会の獲得が可能となります。 また、こうしたコミュニケーションアプリと併せて、服薬支援ロボットやICT調剤を使用して、患者の幅広い情報と服薬情報を照らし合わせ、精度の高い服薬指導を実施することが可能になります。
医療分野における薬剤師の役割が大きく増し、薬剤師が薬物治療の専門家としてさらに活躍する場が増えていくことが期待できます。 米国で医師が行っている業務を薬剤師が代替して行うPBPMが、わが国においても普及する可能性もあるでしょう。 さらにオンライン服薬指導が全国で認められれば、自由な時間・場所での服薬指導が可能となり、店頭や電話での対応よりも薬剤師の負担を軽減し、薬剤師の勤務状況にも変化をもたらすと考えられます。
注目すべき規制緩和
オンライン服薬指導の解禁
オンライン服薬指導に対する考えは、院内処方と院外処方によって変わってきます。 院内処方においては、対面もしくは遠隔による診療の後に、処方された医薬品を郵送することに対する規制はありません。そのため、日本郵政や宅配便業者のサービスを利用すれば、患者は遠隔でも医薬品を受け取ることができます。
一方、院外処方においては、現在の法規制上、薬剤師による服薬指導は患者と対面で実施しなければならないことになっているため、自宅や施設で医薬品を受け取ることができません。 これに対し、近年の取り組みとしては、2016年 5 月に成立した「国家戦略特別区域法の一部を改正する法律」において、薬剤師による服薬指導の対面原則の特例として、特区内の薬局の薬剤師は、特区内の一定の地域に居住するものに対し遠隔診療が行われた場合に、対面ではなくテレビ電話を活用した服薬指導を行うことが解禁されました。 これは、医療機関や薬局といった医療資源の乏しい離島、僻地を想定したものですが、実証試験のための法的措置が講じられています。
普及のためには、遠隔診療とオンライン服薬指導の組み合わせによる有用性をこうした特区内で実証し、適用範囲や患者メリットの明確化と、法整備の必要があります。 そして実証を重ねることで、安全性と実用性の双方を兼ね備えた遠隔診療およびオンライン服薬指導が確立され、規制緩和によって、そうしたモデルが特区以外にも普及し、遠隔における適時適切な医療が全国の患者に提供されるようになるでしょう。
リフィル処方せんの導入
リフィル処方せんは、一つの処方せんで複数回にわたって薬を受け取れる制度です。 米国、英国、フランス、オーストラリアといった国では導入されていますが、日本ではまだ導入されていません。
米国では、リフィル処方せんと新規処方せんはほぼ同じ割合で発行されています。 導入によるメリットとしては、患者・医療機関の時間と手間の軽減、同時に医療機関での診療が発生しないことによる医療費の適正化があります。一方、注意深い経過観察を行わないと容態変化を見過ごしてしまう可能性や、処方された医薬品の転売による悪用の可能性があることが課題だと考えられています。 こうした課題に対して薬剤師への期待は大きく、大きな変化も求められています。
つまり、医療機関による診療に代わって、処方をする際に薬剤師が注意深くバイタルチェックや薬学的な判断を行い、患者とのコミュニケーションを取ることで薬学的治療継続の要否を判断することが求められます。 しかし、現状では、薬剤師は患者と十分なコミュニケーションが取れているとはいえず、また近年の薬歴未記載問題などから、薬剤師が医療機関を代替するには課題が残ります。
事実、リフィル処方せんについては「新たな医療の在り方を踏まえた 医師・看護師らの働き方ビジョン検討」といった場で行政による積極的な議論がなされていますが、日本医師会からは時期尚早との声があり、薬剤師は薬学的治療継続の是非を判断できる専門性を証明することが求められています。 これに対し、薬剤師をサポートする新しいICTソリューションの発展によって、バイタルチェックや服薬デバイスによるデータ取り入れや、患者との密なコミュニケーションによる新しい服薬指導を実践できるようになれば、薬剤師のプレゼンスは格段に大きくなると考えられます。
